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 Table Soccer World

vol.1 A BOY MET THE FOOSBALL
vol.2 第2の壁 TOURNAMENT PLAY STYLE
vol.3 FOOSBALL SWEET & BITTER
vol.4 アメリカ国立公園巡り1 -I'm a Pull shot fooser-
vol.5 アメリカ国立公園巡り2 -Push Shot VS Pull Shot-
vol.6 日本 foosball 事情 -横浜編-
vol.7 日本 foosball 事情 -六本木編1-
vol.8 日本 foosball 事情 -六本木編2-
vol.9 日本 foosball 事情 -六本木編3-
vol.10 日本 foosball 事情 -六本木編4-
vol.11 日本 foosball 事情 -テーブル今昔-
vol.12 日本 foosball 事情 -西東京の聖地-
vol.13 日本 foosball 事情 -東北仙台の聖地-
vol.14 世界 foosball 事情 
vol.15 世界 foosball 事情 -世界における日本のレベル-
vol.16 テーブルサッカーの生涯スポーツとしての可能性
〈A BOY MET THE FOOSBALL〉

〜1976年の夏〜

 私はロスアンゼルスの高校に留学中だった。いつもの遊び仲間、日系人BobとCraigの3人で、サンタモニカの桟橋辺りで遊んでいた。この桟橋は、その後の台風で跡形もなくなったが、アーケード(ゲームセンター)に、レトロなサッカーゲームが設置されていた。
 当時、フーズボールはいたるところに設置され、完全に市民権を得ているスポーツとして認知されたゲームだった。トーナメントサッカーというブランドで、総額百万$の大会が企画され、優勝者は世界一周旅行、ポルシェタルガなどの賞金や賞品が並び、フーズボールの全盛期だったのだ。

 アーケードのフーズボールは、ボールもテーブルも薄汚れ、ハンドルもなんとなく汗が付いているような雰囲気のこのゲームに、人はなぜ魅せられ、取り憑かれるのか……。はじめてフーズボールを触った印象である。
 私は友人のCraigに容赦なく、こてんぱんに、ぼこぼこにされ、一点のスコアーすら出来なかった。
 彼は初心者相手に何も教えず、手加減もせず、冷酷に点数を重ねていく卑劣な奴であることがこの時はじめてわかった。いつかうまくなって、こてんぱんにやっつけてやろうと心に誓ったのだが、この悔しさが後の私の全ての原動力に影響している。 その後27年あまり、このゲームとつき合うことになるとは……。

 サンタモニカの桟橋でぼこぼこにされたのを機に、私はフーズボールを見つけるとすぐにお金を挿入し、練習をするようになった。Hollywoodの"Rock City" "Redondo Beach pier" "Fox hills mall" など、数十台のフーズボールテーブルテーブルサッカー(フーズボール)が常設されている場所に出向き、練習をしながら挑戦して、色々な技を経験的に会得していった。 まず基本的に覚える技は、当然Pull shotとPush shotがメインになり、少しなれた時点でPull kick, Push kick の技を覚えはじめた。そうこうしているうちにPin shotを覚え、初心者相手には必ず勝てるようになったのである。
 しかし、すぐに第一の壁が待ちかまえていた。ある程度ショットが出来るようになっても、ボールをフォワードである最前列のバー、3マンにパスできなければ得点できないのだ。ショットは決めると気持ちがいいし、決められるとしゃくにさわるのだが、5マンから3マンへのパスをコントロールすることで、相手に全くゲームをさせることなく勝つことが出来るのである。私はpro playerと遭遇することによって、このコントロールが重要な駆け引きのポジションだと肌で感じることができたのだ。
 それ以降ひたすら左手を練習するようになり、私にとって得点することだけが満足することではなく、パスを通すことも満足の大きな部分を占めることになったのである。

 確かに、Craigの性格は最悪だったが、日本人特有の甘さを私に気づかせてくれたのかもしれない。アメリカのような多人種で弱肉強食の世界で、当時アジアの一国でしかなかった日本人に「そんな甘えがあっては生きていけないぜ」くらいのメッセージだったのだろう。今となってはCraigには感謝している。
 そんなわけで、私は、現在も筋のいいプレーヤには、全力で対戦し、ぼこぼこにするようにしている。日本人は正攻法を覚えてこつこつと積み重ねていくので、ある程度まではすぐに到達するのだから……。
 余談だが、当時フーズボールが巧い奴は、めっぽうモテて、いつもかわいい彼女を横で待たせてプレーすることが、ステータスの一部だった。
 必然的に腕が落ち若い連中に負けていったチャンピオンはフーズボールのランクと平行に彼女も失い、彼女はといえば、新しいチャンピオンの横にちゃっかりいることもざらだったのである。

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Japan Foosball Club
代表 植野 穰

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