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Table Soccer World |
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〈FOOSBALL SWEET &
BITTER〉
1970年代後半のアメリカは、高度成長期というかアメリカ人がある意味で自分たちのパワーと可能性を一番強く感じていた時代ではなかったか……?車を見てもわかるように、当時は自動車メーカーが、パワーを競い合って、排気量の多い大型のV8エンジンを開発し、L.Aでいうところのsurfer達は、競ってbaracuda,
Chellenger, Trans-am, Z-28,March-1,などの車をsurfer仕様にして走っているのをみかけたものだ。
どちらかというとsurfer達はフーズボールに没頭するものも多く、我々の仲間もそんな車好きの連中ばかりだった。
Donは1959年式Ford pick up 1974 Ford Mustang Mach1を、GaryはChargerを乗り回していた。
そんなアメリカ人天下の時代に、日本人はかなり虐げられた扱いを受けていた……。レストランに行っても、一番悪い席に座らされたり、順番を後回しにさせられたり、日本人と中国人、韓国人の違いはわからない状況だった。
しかしどのスポーツでも同じであるように、フーズボールを通じて対面すると、態度は一変して親しくなり、こちらがよりうまいことが判明すると、尊敬のまなざしで見られるようになる。あげくのはてにまたそのお店に行った時には、いち早く見つけてパートナーを組もうと呼ばれることも少なくなかった。
ある日fooser4−5人で週末の金曜日に、Redondo
Beachにいったときの事だ。ありがちなアメリカのお話しである……。
いつも通り仲間内でテーブルを囲んでゲームをしていたら、どこからともなく2人のキュートなGalが我々のテーブルにチャレンジしてきたのである。
当時のGalのファッションは、ベルボトムのジーンズとウエスタンシャツやTシャツが一般的だったが、このGal達もその出で立ちだった。
ゲームを始めて、なんだか得をしたような気分に自分も相方のDonもなってきて、傍から見たらさぞ鼻の下をのばしてやっていたのだろう……情けない状態だった。
しかしながらゲームに負けるわけには行かない。真剣にやろうとするも、相手のかがみ込んでくるプレースタイルが気になって気になって、イージーミスばかりで、気がついたらゲームよりも他のことに目は釘付け。パートナーのミスを指摘したりで、ゲームの進行を遅らせることばかりやっていたようである。テーブルの上には25セントが山のようになって、周りにも15〜20のfooserが集まってきて、異常な盛り上がりになってくる。
ここで負けてはと、なんとか前半の汚名挽回をこころみ、なんとか4−4までこぎつけることができたが、ここで相手は最終手段を出してきてしまった。
我々は思春期の若者である……。
今までのウエスタンシャツをたくし上げて、へそだし状態になったかと思ったら、胸元の前でキュッと結んで、まるでビキニのブラ状態になり、さ〜どうこれを見て我慢できる?っとでも言いそうな雰囲気に、私も相方も頭の中は真っ白!言葉には出していないが、もし負けてあげれば、とってもいいご褒美でも頂けるのかも?と勝手に勘違いするも、ここで勝てば、山のようなチャレンジを受け続けることができる……。
心は揺らいでいるが傍から見たら、圧倒的に前者の動きに回りは見えていたらしい。
結果はご察しのとうり集中不足から、へなちょこバンクであっけなく負けてしまったことは言うまでもない。
Japan Foosball Club
代表 植野 穰
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