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Table Soccer World |
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〈アメリカ国立公園巡り 1 -
I'm a Pull shot fooser -
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1979年5月13日(木)、アメリカに到着してから5年が過ぎた。
アメリカの生活にもかなり慣れ、言葉の不自由さもほとんどなくなったが、相変わらずよく間違えられるのは、Chicano(Mexican
American)、American Indian、Hawaiian、Thai。
現代のあか抜けた今の日本人とはとうてい思えない風貌だったのか、特に 当時はやりのロングヘアーにひげというスタイルに革のヘッドバンドとなれば、間違いなくAmerican
Indianに間違われる。
1979年の夏、当時Fresnoに移り住んでいた、従兄Hideroと念願の国立公園巡りを企て、California、Nevada、Arizona、Texasを周わる旅行にでかけることになった。当時乗っていた車は、Oldsmobile
のOmegaというGM系の車で、排気量は350CI(5735cc)のガソリンを飲んで走る、70年代の典型的な車で、最終的に弟がお釈迦にするまで、乗り続けたアメリカでの最後の車だった。
いざLAからヒデロウの住んでいるFresnoへ……、車には、colemanのツインバーナー、テント、寝袋、ランタン、10ガロンのガソリンタンク、ナイフ、ギター、なぜかヌンチャク……2人のキャンピング用具などでめいっぱい後部座席があふれていた。
FresnoまではH-5をほぼ真っすぐ北上する。途中、数年前乗っていた愛車のChevyVegaをお釈迦にしてしまった、Gormanの山をなんなく乗り越え、カリフォルニアの砂漠を突っ走ること3時間半、ようやく行きなれたFresnoに到着。
Hideroのアパート、行きつけのホットドック屋、いつものPolish sausage sandwichを食べ、ついでにBanana
splitをかるく飲み込む……。
食欲ときたら尋常ではなく、テニスや、ウェイトトレーニングなどは、おいしいもの目当ての力仕事のたまものである。
お腹が落ち着いた頃、いわずと知れたGaryのお店"I foos 2"に、がらくたを積んだ車で乗り付け、出陣!いつもの面々とフーズボールを楽しむ。
当時一番有力とされていたショットは、Pull
shot と Push kick shot。この2つのショットは今でも受け継がれ、現在世界のPro masterも使う主流のショットである。私は典型的フロントプレーヤーで、Hideroは明らかなバックプレーヤーなので、チームワークもよく通常の相手では歯が立たないほどの実力に達していた。
私は当時Pull shot を好んで使い、Pull shotからのバリエーションをいくつかあみだしながら技術を磨くことを日頃心がけていたので、その成果をどこかで確認したいと思っていた。行くところ行くところにうまいFooserがいないか求めていた時代でもある……。この気持ちは2003年の今も変わっていない。
Garyのお店を後にして、Fresnoを出発した我々は最初の目的地をグランドキャニオンに照準を合わせ、カリフォルニアとアリゾナの州境の近くのNeedlesというキャンプ所に設営した。ここは砂漠とはいえ夜は冷え込み、満月がまぶしくて眠れなかったことを思い出す。また、ここのキャンプ場の事務所には、リクリエーションも含めて、フーズボールが一台設置してあった。早速グリップを握ってみたが、メンテネンスが行き届いていないせいか、バーが堅くて、まるでPull
shot養成ギブスのような感じの筋力を鍛えるテーブルだった。
Japan Foosball Club
代表 植野 穰
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